旅するマラカス

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【創作】推し活で病む女の子の話

『今日のために生きてた!』


入力、送信。SNSの書き込みは大げさになりがちなものだけど、この言葉は等身大の私の本心。


午後五時、ショッピングモールの渡り廊下には冷たい風が吹いて、赤いセットアップの襟ぐりから覗く素肌をいじめている。

もう十二月も近いのに服装間違えたかな。ううん、でも、今日は思い切りめかし込みたかった。


だって私は繰り返すようだけど、今日のために生きてたから。今日くらい生きていたかったから。


学校での私は死人のユーレイだ。

机の上に菊の花が飾られてないのは、菊の花を置くべき存在がいることにみんな気づいていないから。


第一志望の高校に落ちて滑り止めの私立高校に行くことになった時は正直かなり落ち込んだ。だけど気を取り直して頑張ろうと思った。あそこ、制服可愛いから袖を通すの楽しみじゃん。明るく振舞って無邪気におしゃべりして高校デビューしてやる。そう意気込んでいた。


でも、私の頭に仕込まれた歯車は人とは回り方が違うのかもしれない。


一生懸命喋ろう、仲良くしようとすればするほど周囲の視線が冷たくなって、いつの間にか私はドキドキしながら初めて話した隣の席の佐々木さんという女の子を元テニス部のギャルっぽい夏川さんに取られ、押せばしらけた空気になり、引けば存在を忘れられて、あれよあれよという間にすっかりひとりぼっちになってしまった。


中学の頃は、意地悪な人たちがいた代わりに、友達もわりといた。高校は逆。いじめはないけど、みんな、パソコンのキャッシュ削除とか朝の換気とか、そういう感じで集団に馴染みきれない私をはじき出す。自然の摂理か何かのように何気なく。

理由なんて分からない。急いでる時に限って目の前で青信号が点滅するような気がするのと同じ。理解の範疇の外だ。

私にどんな問題があるのかむしろ教えてほしいくらいだけど誰もそんなこと教えてくれない。残念ながら。


そんな日常を過ごしているとだんだん心が摩耗していくのが分かる。いつも緩やかに私は死を宣告されている。移動教室は地獄。女子も男子もみんな数人組で移動しているのに私だけ一人ぼっちだ。後ろ指はさされていないけど、影であわれまれてはいるかもしれない。 


一度、勇気を出して女子グループAに話しかけたらことがある。羽虫か何かを前にした時みたいにサッと距離を置かれた。


でも、確かに、気が落ち着くお決まりのメンバーに陰気な顔の死人が割り込んで来たらうんざりするんだろうなっていうのは私にも分かったから、次からは話しかけなかった。だいいち無理に話しかける方が惨めさ極まりますし。


とはいえ今は完全にどん底ってわけじゃない。

私には音楽がある。


いつものように乾いた気持ちで帰りの電車に揺られていた私の耳に飛び込んで来た「群れてる奴らに向ける拳を」という力強い歌声は目の前に座る大学生っぽい男の人のイヤホンから音漏れしたものだった。涙が出てきた。素朴な歌詞が、だけど、素朴だからこそまっすぐ、胸に突き刺さるのが分かった。


電車の中で急いで曲名とアーティストを調べた。

最近人気急上昇中の五人組ロックバンド、「ビターシュガー」。私もイヤホンをつけてその曲を聴いてみた。他の曲も聴いてみた。眦からボロボロと涙があふれて、他の乗客から怪訝そうな目で見られたけど、恥ずかしいと思う以上に心が激しく揺さぶられていた。爽快感があるのにどこかもの悲しい響きのあるギターのメロディ、心に直に沁みる歌詞と歌声、ちょっと浮世離れした雰囲気のキーボード、静かで落ち着いた音色のベース、緻密なリズムを刻んで個性豊かなメンバーたちの音色を一つにまとめるドラム。


その日以来昼休みに一人でいる時間の寂しさが少し和らいだ。イヤホンを付け、音楽の世界に入り込んでしまえば私は私のみじめな現状を忘れていられる。

それにSNSのアカウントも作った。趣味垢。趣味のアカウント。ビターシュガーについておしゃべりするアカウントを通じてSNSではファン仲間もでき始めた。



だから今日は本当に楽しみだったのだ。

ビターシュガーのライブの日。まあライブのチケットは抽選の倍率が高すぎて手に入らなかったけど、でも映画館のライブビューイングだって充分楽しみだ。


六時の開演に絶対遅れたくなくて、一時間前に映画館の併設されたショッピングモールに着いた。


そういえば終演は何時ごろなんだっけ。

ここは家から近くないからあんまり遅いとお母さんに心配をかけてしまうかもしれない。夜、遊びに行くのは初めてだから勝手が分からなくてどぎまぎする。ライブを前に緊張して来たのかお腹の中が空っぽな気もして来た。日の落ちた狭い空の下で視線をさまよわせていると、右手にステーキ屋があるのが見えた。

今日は贅沢しちゃおうかな。



『ライビュ楽しみ』

ステーキを待つ間スマートフォンを握ってそう投稿した。タイムラインには同じくライブを楽しみにするファン仲間たちが口々に高揚感や緊張を綴っている。それらを続けざまに「いいね」する。それから、私がさっき発信した『今日のために生きてた!』という言葉を確認してみる。いいねゼロ。思わず眉を寄せる。


少し前まで他愛のないひとりごとをSNSで発信すると、よくビターシュガーについて話す人たちから「いいね」や返事がすぐに来ていたはずだった。だけど最近は反応がめっきり減った。


その理由に心当たりがないわけではない。

SNSの仲良しコミュニティというのは学校と同じく同調圧力みたいなものがある。話題がどんなにサムくても、アップされたファンアートが幼稚園児のらくがきみたいでもみんな互いに大絶賛し合わなければならないし、ビターシュガーの曲のアレンジや似顔絵、楽屋裏を妄想した小説なんかが上手かったら、みんなでひれ伏して拝む。初めはごっこ遊びみたいで楽しかったそのノリが近頃なんだか窮屈になってきたのだ。

それに必要なのは褒め言葉だけじゃない。ファン仲間がモチーフアクセサリーを手作りしたらデザインが好きかどうかなんて関係なく二千円でも三千円でも買わなきゃいけない。駅前の三百円のアクセサリーだって少ないお小遣いと相談して買ってるのに結構きつい。でも、一度褒めちぎっちゃったらその手前買わないとお世辞ってバレバレになっちゃう。

そういうのが負担になってきたから、自分で不自然だなと思うようなお世辞を意識的に減らした。

それ以来SNSで繋がった人たちが他愛のない会話に混ぜてくれる割合が減った気がする。


だけどこんな馬鹿みたいなことってあるだろうか。だって私、明らかにわざとらしいチヤホヤをなくしただけなのだ。それなのに、みんな手のひらを返したみたいに冷たくなるものなの?

それともこれ被害妄想ってやつなのかな。みんなたまたまタイムラインを見てないだけなのかも。

きっとそうだ。それにしてもステーキがなかなか来ない。早くしないと公演が始まっちゃうのに。




「すみません、Jの四番ってこの列の向こうですかね」

抑え気味に絞り出した声が少し上ずった。

「ええと、ここはJ列だから、たぶん。ね、そうだよね……

「うん、まあ……

映画館の座席に腰かける女性二人組に、すみません、ありがとうございます、と頭を下げると、ずらりと並ぶ赤い椅子の前の狭い床に足を踏み出した。横並びの観客たちがゆったりと投げ出されている足や荷物をどかしてくれるたびに心臓がきゅうっと縮むような感じがする。私のバカ、なんで一時間前なんて微妙な時間に、焼きあがるまで時間がかかるかもしれないステーキの店なんかに入ったんだろう。家で食べたことのないような高い肉を飲み込むように平らげて、急いで会計を済ませ、三番シアターに着いた時にはもう開演二分前だった。

ギリギリにせわしなく歩き回って既に席に着いていた人たちの邪魔をしたことに嫌気がさす。そしてそれ以上にむかむかするのは、普段、自分が余裕を持って席に着いている立場の人間だったら開演直前に滑り込んでくる人に対してとイライラするくせに、いざ立場が逆になると弁解したい気持ちになる、そんな自分自身の心根だ。


こういう身勝手なところが友達のいない原因なのかもしれない。両側の席にはみ出さないよう慌ててコートを脱ぎ、ぐしゃぐしゃと腕の中で丸めて雑にたたみながらそう思った。 


今から気をつけようと思えば少しは何か変わるだろうか。だけど私もう死んじゃったし無意味かも。どうだろう。中学の時は友達いたのになあ。







ライブは最高だった。


一曲目はビターシュガーのメンバー全員に見せ場のあるヒットナンバー。画面越しからも伝わる熱気にライブビューイング会場は沸き立った。間髪入れずに叩き込まれた新曲にワーッと地響きのような歓声が上がる。

初めは画面に向かってコールアンドレスポンスをするのに気恥ずかしさがあった映画館の観客たちもすぐに興奮の渦に呑み込まれた。ビターシュガーの生でのパフォーマンス力や演出、セットリストは完璧で、私はその間、先ほど気落ちしていたことを忘れていた。


だけどそれもゲストの演奏が始まるまでのことだった。

スペシャル・ゲスト」

スクリーンに大きく文字が映し出され、スモークが焚かれる。やってきたのはテレビの音楽番組で評論担当としてたまに姿を目にしたことがあるおじさんバンドだった。確か名前は「ケツァルタイガー」だった気がする。正直少しがっかりした。私はビターシュガーの演奏が聴きたくて来たのに。


要するに、ビターシュガーのメンバーたちが休憩する間の場つなぎなんじゃないの。

心の中で、思わずそう呟いてしまった後胸がちくりとした。なんだか嫌な気持ちだった。


ケツァルタイガーは、自分たちがビターシュガーの大先輩でいかにビターシュガーを世話してやったかについて校長先生の話みたいにくどくど話した後、酒で潰れた声でへたくそな歌を披露した。


スクリーンの中で、夜の街に散る蛍光灯みたいなペンライトの白色が機械的な動きで揺れているのを椅子にもたれてぼんやりと眺めていた。


ケツァルタイガーの目があるライブ会場には、彼らのメンツを潰さないよう一応盛り上がらなければならない、という義務的な感情がざらついたムードに乗って充満しているのが見て取れる。もし盛り上がる素振りを見せなかったら気を悪くしたおじさんたちにビターシュガーがいびられちゃうかもしれないしね。その一方でケツァルタイガーに見られていない映画館にはそういう雰囲気はゼロ。みんなしらっとした様子でトイレに行ったりだらっと座ってポップコーンを食べたりしている。そのことにまた胸がちくりと痛くなった。

人間ってたくさんいても「ノれない」って感情であっさり他者を切り捨てるときだけ妙に団結してしまうんだな。つらさとか気まずさとかそういう感情は複雑で鮮明なのに、なんで加害性みたいなものはこんなに自然で単純で強いんだろう。


膝の上で祈るように組んだ指先が痺れるように痛かった。

ゲストの時間が終わり、再びビターシュガーが登場する。また楽しくなる。立ち上がって手を振ったり声を出したりする。ヘッドバンキング、ツーステップ。私たちリモコンで動きも感情も操られてるみたい。


ボーカルのカズが、ヒップホップとのミクスチュア・ロック(という種類の音楽だってことを、以前カズのインタビュー記事で知った)で驚異的な滑舌を披露して観客を最高潮に沸かせた後、再び画面が「スペシャル・ゲスト」の文字でいっぱいになったのでうんざりした。楽器が舞台袖に吸い込まれるようにして片づけられ、代わりに黒い山高帽を被った男の人が一人、舞台の真ん中に姿を現わす。

「あ」

思わず、そう叫びそうになった。私はこの人を知っている。


群れてる奴らに向ける拳を。

学校帰りの電車の中で初めて聴いて心を揺さぶられたビターシュガーの曲。

ビターシュガーは基本的にメンバーが作詞作曲してるけど、あの曲の歌詞を書いたのは、この「ヒラナリ」というシンガーソングライターだってことをビターシュガーのファンになりたての頃知ったのだ。私は音楽に疎いから知らなかったけど、音楽界の鬼才と言われている一匹狼のヒラナリがミーハーなファンの多い新人バンドのビターシュガーに歌詞を提供したのはかなり異例のことだったらしい。ネット上で、最近自分の曲が売れていないから金のために仕方なく旬のバンドの歌詞を書いたのではないか、とかなんとか色々なことが書かれているのを見たことがある。


ヒラナリがマイクチェックをする様子を固唾を呑んで見守っていた。すごい、ヒラナリだ。私を生き返らせてくれたあの言葉を生み出した人がそこに立ってる。こっちを見てる。体じゅうに震えが走った。


「楽しいですか!」

観客席に向けてヒラナリが叫んだ。他の観客たちと一緒にワーッと声を上げる。楽しいよ。日常がつらくても、自分が嫌になっても、世の中が理解できないことばかりでも、ビターシュガーの曲やヒラナリの言葉が耳に届く瞬間だけ私は息を吹き返す。はたから見たら私は、体の腐ったゾンビみたいにみっともないかもしれない。それでも、生きていいのかな、そう思えるから、だから……


……楽しいですか」

え?

一瞬、固まった。ヒラナリの言葉。先ほどと同じ、だけど明らかに侮蔑を含ませた嘲笑混じりの言葉。


俺は音楽には人一倍こだわってきたんだけどさ、ビターシュガーみたいに器用に自分を売り込めなくて苦労して。そんなことをヒラナリが話し始めていたけれど、うまく耳に入らない。一言一言が遠くでぼやけて聞こえる。それなのに私エスパーになったんじゃないかなってくらいヒラナリの言わんとしていることが分かる。


そうですか、楽しいですか、いいですね。音楽の良し悪しも分からず俺の苦労も知らず呑気にはしゃいで、馬鹿みたいだよお前ら。


カッと顔が熱くなった。ヒラナリは自分が今から歌う曲について専門的な言葉をたくさん用いて説明した後、「まあ言ってること分からないと思うけど」と冷めた感じで笑った。

お腹の底がぎゅっと押しつぶされたみたいになって涙が出てくる。分からないよ。分からない自分が恥ずかしくもあるよ。でもヒラナリの言葉をきっかけにして前より音楽について知りたいって、そう思ってた。それじゃダメなんですか?


マイクを握り直してヒラナリが歌った。いい曲なのに、質の高いパフォーマンスなのに、心に全然響かない。

ヒラナリの気持ちは分からないでもないと思った。ビターシュガーのメンバーはイケメン揃いだから顔ファンもかなり多い。そうじゃなくても私みたいに音楽に詳しくないファンだって山ほどいる。エイトビートって何?そんなレベル。


だから、ねえ、ロックのいろはも分からないファンたちの前に場つなぎとしてのこのこ出て行って「こいつ誰?」って切り捨てられるのが怖かったんでしょう。だから自分から先に聴衆を切り捨てようとしたんでしょう。まあ本人にこんなこと言っても「バカじゃねえの」って否定されるかもしれないけど。

「バカじゃねえの。俺はな、薄っぺらなお前らを心の底から軽蔑してるだけなんだよ」 


ヒラナリがそう言って強がる様子を思い浮かべる。私は想像上のヒラナリに反論する。嘘だ。透けて見えるよ。ダサいくらい透けて見えるんだよ。それからマイクを手にしてこう叫ぶ。 


——この世でお前だけが不幸みてえなツラしてんじゃねえよ!


ヒラナリの痛みは分かる。分かるけど、この気持ちをぶつけたくてたまらなかった。

悔しい。ライブを観に来た人の中には私よりもっとつらい日常を送っていて、それでも今日のライブを楽しみに頑張ってきたような人たちも絶対いるはずなんだ。そんな人たちの気持ちを踏みにじってんじゃねえよ。他人を傷つけることも厭わないくらいステージに立ちたくないなら立たないでよ。ネットに書かれてるみたいに、お金に困っているのなら街角でビラでも配ってて、お願いだから。


悔しい、悔しい。言いたいことは山ほどあるのに、もし私が今それを叫んだってヒラナリには届かない。ヒラナリはこっちに向かって好き勝手言ったくせに私は薄っぺらいスクリーンの前で馬鹿みたいにペンライトを振り続けることしかできない。それがやるせなくてたまらなかった。やっぱり私、ユーレイだ。


音楽が鳴り止みゲストの時間が終わった。もう一度ビターシュガーが登場し、人気曲を二つ披露して、ライブは終わった。


途切れぬ拍手喝采と共に徐々に劇場が明るくなってくる。「すごく良かったね」という賑やかな声や笑い声の中、私は一人だった。話す相手なんていない。私だけがどこまでもひとりぼっち、そんな気分だった。


乾いた唇を舐めるとさっき食べたレモンソースの味がした。浮かれた気持ちで一人ステーキを頬張っていたさっきの自分の姿が急に滑稽に思えてきて死にたくなった。


橙色のさざめきから逃れようにして席を立ち、劇場ホールを出て映画館を後にした。コートの襟をかき合わせながら駅へと続く連絡通路を早足で歩いていた。けれど、夜の暗闇が急行列車発車のアナウンスで濁った瞬間ふいに力が抜けて体が止まってしまった。


鞄から特に意味もなくスマートフォンを取り出してSNSをチェックする。いいねゼロ。外の空気は冷たいけれどライブで盛り上がったタイムラインは人いきれでむせ返っていた。 


住んでるところ近いみたいだし一緒にライビュ観られるかもねと話していたユミさんは、「ライビュすごすぎて、友達とすごいね! ってばっかり言ってる。語彙力消えたわ笑」と言っている。年が近くて、学校で浮いてるところも同じのモモちゃんは、SNSの他の子たちとファミレスで感想大会だって。ビターシュガーの曲にインスパイアされた痺れる小説をよく書いているカナコさんは、「神! 最高すぎて泣けてくる」という言葉を添えて、一枚の絵を紹介していた。ライブに臨むビターシュガーのメンバーたちを描いた絵は、とても上手くて、一万以上いいねがついてる。でもこの絵を描いた人は気にくわないファンへ暴言を吐いたり他の人の漫画を平気で丸写ししてばれても開き直ったりしているので有名な人だ。それなのにその絵には、あなたが神様ですとか、大好き、一生ファンですとかいうコメントが山のようについている。


映画館で観たヒラナリの姿を思い起こした。私はさっきヒラナリに、金のために嫌々マイクを握るのはやめてほしいと思っていた。だけどもしヒラナリが自分の心に正直に生きていたら私を救ってくれたあの曲は生まれなかったかもしれない。この絵もきっと同じように、作り手がどんな人間であれ絵自体の素晴らしさによって誰かの命を救っているのかもしれない。 


頭を抱えた。


人を傷つけるクソみたいな人間でも突出した華やかな能力があれば神様って跪かれて生を渇望されるのか。そうだよ、だから悔しかったら努力しろ。言い訳する時間がもったいないだろ。努力って何のための努力なの、何がしたいかなんて全然分からないよ。私はただ他人に生を許されるために、ペンを取らなきゃいけないのか。楽器を持たなきゃいけないのか。そういう言い訳ばっかりだからお前はダメなんだ、あの偉人を見てみろ、こんな偉人だっている、みんな貧乏のどん底にいながら死にものぐるいで努力してのし上がったんだ。人間やればなんでもできるんだ。甘えるな弱虫。だけど命は大切にね。みんなあなたの味方だよ。自分に優しくしなきゃダメじゃない。迷惑のかからない自殺なんてないんだからとりあえず生きとけよ、それでどんだけ苦しくたって私たちには関係ないけど。


たくさんの声が頭でガンガン鳴り響いて窒息しそうだった。

これは、他人のふりをした私の声?それとも私のふりをした、世間とやらの声だろうか。分からない、分からない……


命の価値ってなんなんだろう。みんな平等なんて嘘っぱちだ。人なんて気にせず生きてやれ、そう思うけど心が弱った時にはやっぱり周りの人に寄りかかって助け合って生きていたいよ。


なんで私には友達がいないんだろう。

コミュニケーションが下手だから?自分では気づいていない致命的な欠陥があるから。自分の痛みには敏感なくせに他人のことになると平気で切り捨てられる、そんな冷たい人間だから。でも、他人を助けることができる才能があればそんな細々とした問題なんて関係なく私は人とつながっていられるんだろう。そうじゃなかったら私は自分自身をすり減らすしかないのだろうか。他の人にとって気持ちのいい言葉を提供し続ける機械になって「優しい」だの「気が合う」だのという言葉を両手に抱えた壺に投げてもらうのはもう嫌だ。


握りしめたスマートフォンの、ブー、という振動で我に返った。

通知一件。お母さんから。


「ライブ、楽しかった?」

知らない誰かの家の灯りが、視界の端で揺れる。


楽しかったよ。そう返信しながら、私は少し泣いた。