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【自己中の感想】「演劇作家本橋龍の無理しない演劇のWS」初心者コースに参加しました

演劇ユニット「ウンゲツィーファ」を主催されている本橋龍さんによる、とても評判の良いワークショップ、「演劇作家本橋龍の無理しない演劇のWS」初心者コースに参加しました。

場所は、1960年に建てられた平家の米軍ハウスを改装した「アトリエ + 家+ギャラリー」の図鑑houseさん。

洋服ブランド図鑑houseを運営するお二人と本橋さんに、さっぱりとしていつつ温かみもある木のおうちでお出迎えいただけます。

昼食(ネパール薬膳料理屋さんのカレー)代込みで少人数制の本格的なワークに参加でき、参加費5000円はかなり良心的だと思います。

有料のコンテンツを安易に広めるのはまずいので細部は省くのですが、ゲームを切り口に「嘘をつくこと」と「演技をすること」の違いを説いたり、怪談話の手法から、「物語的に語る」ことを学んだりする試みが斬新でした。

ワークショップの締めくくりとしては、主催側の明確な「ここにこう帰結する」というまとめ感はあまりないように思え、むしろ参加者それぞれの感想に、まとめが委ねられている感じがしました。

演技をしたことがないひと、演劇から離れていたひとの集まる空間は、どこか演技や語りについて先入観のなさ、他者にダイレクトに関わっていく感じ、があって興味深かったです。

うまく言えないのですが、先日観た倉田翠さん演出の、丸の内の社会人が演劇をするというコンセプトの舞台が、「日常」も演出された「演劇」としてまとめられてステージにのせられていたのに対し、本ワークショップは、参加者という「日常」の人々が、そのままで「演劇」の周辺を散歩するような……。

本当に例えが意味分からなくて申し訳ないんですけれど、そういうやり方もあるのだなあ、と学ばせて頂きました。

そして、自分自身についての振り返りとしては、
たぶん求められているものより遥かに装飾的なことをしてしまい、内省しつつも半分は開き直っているような感覚です。

学校の教室で真面目な「陰キャ」として地味に埋没するのが嫌で、過剰な自意識でもって実は隙あらば目立とうとしているワタモテのモコっちみたいな(通じにくい例えですね、すみません)性格の私は、「日常の人間としての語り・答え」みたいなものがうまくできなくて、自然な語りで人の好感をかっさらう他の参加者様と異なり、場にそぐわなかった気が勝手にしています。

まあそれはさておき、ペアの片割れの語った経験を取材を元に語り直すワークが特に印象的で、やるのも見るのも勉強になりました。
私の体験談は物語の型にはめこんだようなかたちだったので、語りの再構成がしづらいかもしれないと不安だったのですが、身体的な演技の感覚が豊かなベテラン演劇経験者様が、私の語った「物語」を、身体感覚に意識を向けた「演劇」につくりかえていたのが面白かったです。

私自身、トーシロなりに話し方や演技、身振り、間など工夫したつもりだったのですが、ペアの方のように演技人に刺さる演技ができなかったので、身の程知らずにも悔しいなあと思いました。

また、参加者皆様が、ペアの方に愛情を向け、ペアの方の持ち味を生かすことを考えて語り直しを行っていたのに対し、私はどうやって実際のエピソードを改変しないまま最初から最後までよりワクワク聞ける物語に料理してやろうかということしかマジで考えてなかったので、そういうところが社会人としてダメなんだよとなりました。ペアの方の構成の持ち味や感情を完全に置き去りにしていました。

webライターとしてこの癖は致命的なので、土下座しながら皆様の爪の垢を煎じて飲みたいです。

それと同時に、芸術の領域においては、私のふるまいはいわゆる自然な良き演技からするとダメダメだけど、この自己中さが私の自然なんだよというか、お前がキリストなら俺はブッダ的な、叱られるレベルの不敬さを持って生意気にぶつかっていきたいような気もします。

ただ、ことがらをを客観的に観測し、描写することもできるバランス感覚がないと他者に表現を伝えることはできないので、そこはやはり内省すべきだと、おかげさまで学ぶことができました。


このワークショップは、内容を都度変えつつ、今後も月単位で開催されていきます。

集まる人々の交流による化学反応で、得られる体験が大きく変わっていくことは非常に意義深く、たのしいことだと思います。

あと、ごはんもおいしいです。

ぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。